遂に今日は早稲田祭ですね!この時期は毎年あっという間に過ぎてしまうのですが、まさかもう早稲田祭が来るとは驚きました。リサイタルも本当にもうすぐですね。
ではニューオリンズ・リバイバルの話です。
ニューオリンズに着いたビル・ラッセル一行は休む暇もなく、レコーディングのためにやらなければならない仕事がありました。それはバンク・ジョンソンと共に演奏をするバンドのメンバーを探し、決定することです。この時点では、バンドメンバーとの交渉はおろか、バンクジョンソン以外のメンバーは誰一人として決まっていなかったのです。
ニューオリンズなら大勢の優れたミュージシャンがいるので、確かにどうにかなるだろうとは思いますが、歴史的なセッションの録音にしては意外とラッセルも適当なところがありますね。もっとも、予算があまり出せないという問題もあったので、そこまで先に決めることもできないと思ったのかもしれません。たとえ録音したとしても、どこからレコードを出すかなどはこの時点では確定していませんでした。
しかし、メンバーが決まっていないとは言っても、ラッセルやジーン・ウィリアムスの頭の中には思い描いている音はありました。昨日紹介した1940年のキッド・レナの録音や、1920年代、1930年代を通してシカゴやニューヨークで録音された演奏に参加しているミュージシャンたちのものです。
シカゴやニューヨークで活躍したミュージシャンの中には、未だにそれらの地域に住んでいる人もいれば、ニューオリンズに帰省して演奏活動を続けている人も多数いましたが、この場合はもちろん当時ニューオリンズにいたミュージシャンを想定していました。
もちろん、未だ録音されたことのない名手もいたでしょうが、録音される機会を得ているプレイヤーというのは、それだけである程度の実力は保証されており、ミュージシャン仲間からの評判も良いことが多いので、そうしたミュージシャンをメンバーに入れることはきわめて自然な発想でしょう。
何よりレコードで音を聴いて知っているというのが大きいです。
トランペットのバンク・ジョンソンの他に彼らがバンドに入れたかったメンバーは、トロンボーンにJim Robinson、バンジョーにJohnny St.Cyr、ドラムにPaul Barbarinというものでした。
ジムロビンソンは前述のキッド・レナの録音に参加しており、非常に安定したプレイを聴かせていますし、ジョニー・センシアはサッチモのHot Fiveなど多数の名盤に参加しており、ポール・バーバリンもキングオリバーやサッチモなどのビッグネームと録音を残しています。
昔のレコードにおける彼らの演奏を聴けば、確かにそのメンバーが一同に会すれば名演奏が繰り広げられそうな気がします。ラッセルたちは全員ジャズファンだけあって、さすがに外れのないメンバーを選んでいるのです。
St.Cyrは今までの記事の中でかなりの数の演奏を貼ってきたので、Paul Barbarinの昔の演奏を。なかなか豪華なメンバーによるバンドで、ポール・バーバリンも個性を発揮しています。
結果から言えばこのメンバーは実現しないのですが、もしもそれが実現していたとしたら、リバイバルの歴史もまた少し変わったものになっていたのかもしれません。特にバンク・ジョンソンとポール・バーバリンの組み合わせはぜひとも聴いてみたかったところです。
しかし、ラッセルらが決めかねていたのがクラリネット奏者です。
最も有力だったのが"Big Eye"Louis Nelsonで、その次にAlphonse Picouでした。彼らは二人ともキッド・レナのレコーディングに参加しており、また古くから活躍する名手たちでした。演奏に間違いはないのですが、ビル・ラッセルはもう少し力強いクラリネットの音が欲しいと思っていたようです。確かにバンクの音と比較すると、彼らの音色は少したどたどしく、エネルギーでは負けている気もします。2年前に亡くなったJohnny Doddsの音こそ、このときラッセルが欲しかったものだったようです。
それでも代替案が思いつかないので、"Big Eye"Louis Nelsonが第一候補であることには変わりません。ラッセルがニューオリンズに行く直前、シカゴで偶然Jimmie Nooneに会った時も、ビッグアイを推薦されていました。
これは余談になりますが、Jelly Roll Mortonが昔のニューオリンズの三大クラリネット奏者にGeorge Baquet、Lorenzo Tio、Alphonse Picouを挙げています。3人とも一応録音が残っているとても古いクラリネット奏者です。
"Big Eye"Louis Nelsonについて尋ねると、モートンは「ビッグアイは実際のところそこまでではなかった。彼は楽譜が読めなかったし、それを措いても大酒飲み(Whisky Head)だった」と言っています。モートンは読譜能力を重要視しますし、酒飲みが嫌いなのでこう言いますが、ビッグアイはそこまで悪くないということを彼の名誉のために言っておきます。
彼らのように、ニューオリンズは昔から優れたクラリネット奏者を多く輩出しています。この当時も、ニューヨークなどで活躍していたニューオリンズ出身の演奏者にAlbert NicholasやBarney Bigard、Edmond Hall、Jimmie Nooneなどがいました。
さて、実際にニューオリンズに着いてからのメンバー探しですが、ラッセルの記述を読んでいると大変心躍るものがあります。
録音を行うことになる5人は全員筋金入りのジャズファンですから、これから録音するバンドのメンバーを自分達で探す、というのはさぞかし楽しかったに違いありません。記述を読むと、時間との戦いによる焦りも感じるのですが、同時に楽しんでいることがとてもよくわかります。
ラッセル一行は、バンク・ジョンソンが来る前日にニューオリンズにたどり着き、早速メンバーを探しに行きます。
まずは、懸案のビッグアイの演奏を聞きます。ラッセルはビッグアイの演奏を「とてもいい音だ」と言い、バンドを高く評価しています。しかし、まだ心は固まっておらず、演奏の打診はしません。ビッグアイにジョニーセンシアの居場所を尋ね、次にセンシアが演奏しているであろう店へと向かいます。
残念ながら、その店ではセンシアはいませんでした。
しかし、バンドで演奏していたベーシスト、Austin Youngの演奏には目を奪われます。このオースティンヤング、なんとあのLester Youngの叔父なのですが、とても的確で力強いベースを弾いていました。
「バンクの演奏にぴったりに思えた」とラッセルは述懐していますが、結果から言えば、彼がバンク・ジョンソンの初レコーディングのベーシストとして抜擢されることになります。オースティン・ヤングはその後も様々なバンドで活躍しており、後にもまたビル・ラッセルによって何度か録音されています。
長くなってきたので続きます。
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